活動理念


ブログにお越し頂き、ありがとうございます。

声優・ナレーターの鈴木健人です。

 

今回は、声優業に限らず、

色々な活動を行う上で大切にしている

3つの根本的な理念をお話しします。

 

①美学を持って取り組むなら、何事も芸術
②感情に流されず、事実で判断しろ
③人はいつか死ぬ

 

 

「①美学を持って取り組むなら、何事も芸術」

 

「美学」「芸術」というと少し堅いですが、

ここで言おうとしていることは、

アーティストやクリエイターに限らず、全ての人に当てはまります。

 

偉大なことであれ、些細なことであれ、

取り組もうとしている何かに対して

その人が「どんな目的や信念を持っているか」が重要です。

 

その人の想いに共感したり、

感動したりする人がいれば、

やっていること自体が何であっても等しく素晴らしいのです。

 

例えば、英語を勉強している人がいるとして、

「何かの役に立ちそうだから」勉強するのと

「日本で働こうとしている外国人に、

違和感のない日本語をわかりやすく教える日本語学校を開きたいから」

勉強するのとでは、意味が違いますよね。

 

このように、「何を」やるかではなく

「何の為に」「どんなこだわりを持って」やるかが大切です。

 

ところが、多くの人は「何を」という点に捉われてしまい、

「何の為に」が曖昧になりがちです。

 

映画を見ていても、

「アイディアは斬新なんだけど、なんか見ていて面白くない」

と感じる作品って、結構ありますよね。

 

これは、登場人物の行動の動機や理由付けが曖昧だったり、

作品全体を通して細部へのこだわりが弱かったりすることが

一因になっている場合があります。

 

逆に言えば、どんなありふれた(時にはくだらない)テーマでも、

登場人物や制作者の想いや信念が伝わって来れば、

作品は面白いものになるのです。

 

ちなみに、僕のこだわりは基本的に「深く記憶に残る」というものです。

(もちろん悪い方向であってはいけませんが)

 

ここまで

「美学を持って取り組むなら、何事も芸術」

について説明しました。

 

 
 

「②感情に流されず、事実で判断しろ」

 

ほとんど全ての人が、

「自分は物事を正しく・客観的に見ている」

と信じています。

 

ところが、その多くは

「自分の価値観・感情」

に基づいて物事を見ているに過ぎません。

 

例えば、友人が宗教にハマって、

毎週欠かさず活動に参加し、

多額の献金を納めるようになったとします。

 

そんな時、多くの人が

友人を説得して辞めさせようとしたり

それとなく距離を置こうとしたりします。

 

これは、

「友人が犯罪行為に加担しようとしているから」とか

「友人がありもしない天国を信じてお金を騙し取られているから」

ではありません。

(表向きはこれに近いことが多いですが)

 

本当は

「『怪しい』と感じるから」

「『気持ち悪い』と感じるから」

「『危険だ』と感じるから」

といったように、あくまでも

「自分の感じ方・感情」が判断基準です。

 

なぜこういうことが起こるのかというと、

人間にはそもそも感情によって行動する習性があり、

更に自分の行動を理論立てて解釈(または正当化)

しようとする習性があるからです。

 

この為、人の一生は基本的に

その人の感情の在り方によって

決まって来ます。

 

また、人間は自分の安心が揺らぐことを

かなり嫌う傾向があるので、

慣れ親しんだ仕事や生活から

突然抜け出そうとすることは珍しく、

 

サラリーマンであれば

よほどの理由がない限りフリーターになったり

退職して個人事業主になったりすることに

かなりの抵抗を感じますし、

 

ニートであれば

就職すること自体に

凄まじいエネルギーを要します。

 

こういった状態も、ほとんどの場合

「会社を辞めてフリーターになったら

収入は月○○円減って自由な時間は1日○時間増える。

職歴はこういう内容に変化する」

 

「就職したら1日の睡眠時間は○時から○時までになって、

推定月額○○円の収入が入り、体調はこのように変化する」

 

といった勘案に基づいておらず、

「今の仕事を辞めたら収入がなくなりそうで不安だ……」

「家族を養っていけなくなるのが何よりが怖い」

「就職したら身も心もボロボロになるんじゃ……」

「きっと仕事について行けなくて惨めな思いをする……」

というような、

精神的な不安(≒感情)に基づいています。

 

「行動は感情に基づく」という法則は

人間であれば誰にでも当てはまります。

 

なので、同じ人間である僕は常に

自分の行動が感情によって支配されようとしていることを

自覚するようにしています。

 

そして、何か不安を感じて行動を起こすことをためらったり

逆にテンションが上がって何かを始めようと思い立った時は

極力「感情」を一旦脇に置いて「事実」に基づいて

判断を下すようにしているのです。

 

感情はそもそも一過性であり、

2日も3日も同じ気持ちが持続していることは

滅多にありませんし、

ちょっとしたキッカケでコロコロ変わってしまいます。

 

一方、「事実」は1日経っても10年経っても変わりません。

 

「会社を辞めたい」という感情は

翌日には「やっぱりこの会社にいたい」

という感情に変わっている可能性もありますが、

 

「辞表を出した」という事実には

変動や解釈の余地はありません。

 

人生において難しい決断を迫られる場面は多々ありますが、

例えば今挙げたような「会社を辞めるかどうか」

については、

 

「あまりに忙しくて体がキツい。もう辞めたい……」

「だけど辞めたらまた仕事探すのがもっと面倒だ……」

「妻も働いてるのに申し訳ない……」

などと、「自分の感情」(時には他人の感情≒意見)

で判断するのではなく、

 

「現在の拘束時間は1日14時間で、世帯収入は月30万円」

「支出は月28万円で、貯金は現時点で10万円」

「近所の蕎麦屋とファストフード店でアルバイトをしたら

世帯収入は推定月25万円となる」

「支出を3万円抑えるにはまず保険を見直して――」

 

というように、「事実」を元に計画を立て、

「その計画が現状と比べて望ましいかどうか」で判断すれば、

生活の変化は望ましいものになるはずです。

 

ここまで「②感情に流されず、事実で判断しろ」

について説明しました。

 

 
 

「③人はいつか死ぬ」

 

これは至極当たり前の話ですが、

人間は誰でもいつかは死にます。

 

「いつか」というのも

そう遠い日ではありません。

 

せいぜいほんの数十年です。

 

もしかしたら今日かもしれません。

 

今生きている人の中に

「これから死ぬ」

という事実の当てはまらない人は存在しません。

 

存命の人全てが当てはまります。

どんな例外もありません。

 

その日は、今から5分後に地球が存在している確率よりも

高い確率でやって来るのです。

 

僕達は誰もが、生活の中でやって来たことを

いつか全て水に流さなくてはなりません。

 

どんなお気に入りの服も、

どんなに苦労して稼いだお金も、

どんなに楽しい生き甲斐も、

どんなに愛している人も、

全て捨てて行かなければなりません。

 

それと同時に、

どんな苦難も、恥ずかしさも、

どんな失敗も、痛みも、

全て置いて行くことが出来ます。

 

全ては、死ぬ時になって取り返すことは出来ませんし、

また、死ぬ時になって新たに課せられることもありません。

 

今やっていることは、何もかも

その時の下準備に過ぎないのです。

 

準備が不充分なまま死を迎えた場合、

取り返しの付かない後悔を体験することになります。

 

自分が死ぬ時のことを想像してみてください。

死因は何でもいいんです。

予想で構いません。

 

その時、あなたは今取り組んでいることに対して

「やっておいてよかった」

と思うでしょうか?

 

「あの若かりし新人時代より50年弱、

毎日5時間以上残業をした甲斐があった」

と思うでしょうか。

 

「妻の携帯のGPSをオンにして

今日まで浮気をしないように監視しておいてよかった」

と思うでしょうか。

 

死は、

「自分が本当にやりたいこと」と「その為にやるべきこと」、

そして「本当はやらなくていいこと」と「本当にやってはいけないこと」

を教えてくれます。

 

僕の場合、死に際には

これまでの自分に対して

「よくやった!」

と言えることを沢山やっておきたいですし、

それを阻害するものがあれば

「もっと早く断ち切っておくんだった」

と思うでしょう。

 

死ぬ時になって

「もっと一緒にいたかった」と思わない人とは

上手く付き合う必要はなく、

後腐れのない形でしっかり縁を切るか、

適切な距離を置くべきなのです。

 

「一度はやっておきたかった」

と思うことにはどんどん挑戦するべきで、

それに伴って苦労したり

周囲の目が気になったりすることなど

自分自身も、その相手も

結局は死に直面しているという事実を慮れば

案外どうでもいいことではないでしょうか。

 

僕は面白い映画やアニメを沢山観たいですし、

「こうすればもっと面白かったのに」

というアイディアがあれば

自分の作品に活かして

どんどん製作していきたいです。

 

そして、価値観の合う仲間や教え子達に

「本当に面白い人だった」

と記憶されていたい。

 

あわよくば長年連れ添った伴侶に

病床に伏した僕が目の前で

今にもこの世を去ろうとしているにも関わらず

不謹慎にも過ぎ去りし何回目かの青春時代に

高級ホテルのベッドで激しくイチャイチャした記憶を

想い起こしながら

「爺さんたら、あの時と何も変わらないのね☆」

などと言われ、

「あの世で続きじゃ、婆さんよ!(ガクッ)」

という約束を交わして尽き果てたい。

 

このように、道に迷ったり、

苦しい時期が続いた時は、

「人はいつか死ぬ」

という一言を思い出すことで

「やるべきこと」と「やるべきでないこと」

を明確化するようにしています。

 

かなり長くなりましたが、

鈴木健人の3つの活動理念について

お話ししました。

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

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