「嫌われても気にするな」ってのはそりゃ無理がある


 

 

僕達のような『夢を見る人』は、

「自分の気持ち」と「周りからの批判」の間で

葛藤を抱えてしまうことがよくあります。

 

昨日、今まで仲の良かった友人の1人が

Twitterで僕のことを批判しているのを見つけました。

 

ちょっと身の上話寄りな記事になりますが

そこそこいい話になると思うので、

僕が友人に嫌われた出来事について書いておきます。

 

「嫌われるのが怖い」

という悩みを解決するヒントになると思います。

 

友人はなぜ僕を嫌いになったのか

友人のTwitterにはこんなことが書かれていました。

 

「健人は最近、人に辛く当たる。自己主張もしつこくなった。

新しいこと始めて自信ないのが見え見え」

 

僕は「なんでそんな風に思うんだろう?」と考えました。

答えはすぐにわかりました。

 

確かに僕は彼女に弱音を吐いたことがありました。

 

講師業を始めたのはその直後ですし、

実際、率直な言葉を多用するようになったのもそのくらいの時期です。

 

↓こんな感じ↓


当然ながら、

僕は不安を隠す為にこういう言葉を使っている訳ではありません。

(というか愛情表現の一環です/笑)

 

本当のこと

あの時僕が弱音を吐いたのは、

新しい仕事にプレッシャーを感じていたからではありません。

 

あるライバルに、ある仕事で先を越されたから落胆していたんです。

 

そして、僕は自分があまりにも落胆しているのを見て、

そのライバルを無意識に見下していたことに気づかなければなりませんでした。

 

というより、自分が不安から逃れる為に

「自分より下がいる」

という設定を作り出していただけだということを認めなければならなかったのです。

 

不安から逃げていると人生は停滞する

僕はだいぶ前から

「これからの声優志望者にこの時代の生き方を教える」

という目標を持っていました。

 

でも実行に移すには何ヶ月もかかりました。

 

批判されるのが怖かったからです。

 

間違いや程度の低さを指摘されたり、

信じてくれた教え子達を失望させてしまったり、

これまで一緒に仕事をして来た仲間達に嫌われるのが怖かったんです。

 

そんな不安から逃げる為に、

僕は忙しいふりをして実行を先延ばしにしていた訳です。

 

そして、例のライバルを引き合いに出して

「あいつは俺より遅れてるから大丈夫」

と自分に言い聞かせながら、

いつまでも立ち止まっていることを正当化していました。

 

「先を越された」

と感じてショックを受けたのは、

そのことを受け入れる日が来たに過ぎません。

 

率直な意見を言うのは勇気が要る

僕は不安と向き合う決心をしました。

 

批判されるかもしれない。

嫌われるかもしれない。

僕が大した人間じゃないことがバレてしまう。

 

わかっていても、僕には必要なことでした。

 

だから、賛同も批判も同じように受け入れようと決意しました。

 

それ以来、言うべきだと思ったことは率直に言うようになりました。

 

誰かを批判したい訳ではなく、

あくまで「気付いてもらう」為です。

 

嫌われてみてわかったこと

実際、冒頭の友人は僕を嫌いになったようです。

こういうことは覚悟の上でした。

 

しかし、苦情は今のところ1つももらっていません

(世間って意外と優しいんです/笑)

 

何より、勇気を出して前に進んだことで、

僕の仕事を必要としてくれる沢山の人と出会うことが出来ました。

 

これは大きな変化です。

 

去っていった友人には心から感謝していますし、

今でも素晴らしい友人だと思っています。

 

嫌われるのが怖い人と怖くない人の違い

今回最大の教訓としてお伝えしたいのは、

「自分の信念によってであれば、嫌われるのは怖いことではない」

ということです。

 

逆に、自分の心から出たものでない嘘の信念を採用している場合、

嫌われるのは大変な苦痛と恐怖を味わう経験となります。

 

嫌われるのが極端に怖い人は

「自分の人生」ではなく「親や学校に押し付けられた人生」

を生きているのかもしれません。

 

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