野沢雅子さんが重病の少年に与えた”余命”に見る芸術の底力


こんにちは、鈴木健人です。

先日、声優の野沢雅子さんが余命数週間と見られる重病の少年を半年以上も存命させたエピソードが話題になりました。

 

あの話を聞いて、芸術の必要性や僕達の役割を再度確信したので

書いておきたいと思います。

 

出来事の概要

ある日、野沢雅子さんは重病の少年の父親から手紙を受け取りました。

『息子が病気で、今月いっぱい持たないだろうと言われています。

彼はドラゴンボールのファンなので、どうか色紙にサインをいただけませんか?』

といった内容でした。

 

それはドラゴンボールの新作映画が公開される約半年前のことでした。

 

野沢雅子さんは急遽テープを回してもらい、孫悟空の演技で

「今度の映画、絶対観に来いよ! 劇場で待ってっかんな!」

というメッセージを吹き込み、少年に送ったそうです。

 

すると、余命数週間だった少年はなんと映画公開まで存命し、

『身体を起こすことさえ出来ない』と言われていたのに

きちんと椅子に座って劇場で映画を観ました。

 

少年はそれからほどなくして息を引き取ったそうです。

 

芸術には人を生きさせる力がある

僕は改めて芸術の力を思い出しました。

 

綺麗事抜きにすれば、

人々の生活が安定していないと芸術の発展はあり得ないですし、

景気が落ち込んでいる今、

『芸術どころではない』

という空気も立ち込めています。

 

でも、芸術には

『生きていくのに必要最低限のもの』を産出する以上に、

そもそも『生きたい』という願望を与える力があります。

 

アニメや映画やゲームのおかげで自殺を思い留まった人や

起業を決意した人や犯罪から足を洗った人も沢山います。

 

この難しい時代にとって、芸術は『贅沢品』ではなく『生活必需品』です。

命に関わるので。

役者である僕達が背負うものはそれぐらい大きいんです。

 

役者はなあなあではいけない

だからこそ、

僕達役者は中途半端ではいけないと思うんです。

 

正直、僕はちょっと前までナメていました。

 

生産活動を拒否し、

遊びの延長で食っていこうという甘い考えで芸術の世界に入りました。

 

あの頃の自分をぶん殴りたいです。

 

僕達は自分の面倒は自分で見ないといけないし、

自分の身に起こるトラブルは全て

自分の責任で解決しないといけません。

 

人並みに就職することを拒絶した以上、

会社がやってくれるはずだったことは

全て自分でやらなければなりません。

 

僕もまだまだ一流からは程遠いというか

ミジンコの糞みたいなレベルですが、

少しでも人の役に立てるよう

必死で勉強して、

常にベストを尽くしていきたいと思います。

 

役者の世界に足りないものは何か?

その一環として、僕は今役者の世界に欠けているものは何なのかを研究しています。

 

実際10年以上役者として活動して来た感覚としては、

根本的に慢性的に不足しているのは

結局お金だなぁと感じています。

 

芸術に没頭している人ほど

数字に頓着がない傾向があり、

役者界隈で経済やマーケティングについて学んでいるという人は

あまり見かけません。

 

劇団を存続させ、芸術活動に投資を行い、

完成品を市場に届ける為にも、

僕は役者こそマーケティングを勉強するべきだと思います。

 

(少なくとも役割分担のバランスが整うまでは)

 

独り言のような記事になってしまいましたが、

これから役者になろうという人の刺激に少しでもなっていれば幸いです。

bigmeilmag

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